大平サブロー吉本辞めた経験での発言?当時を振り返り若手との違いを考える

芸能・テレビ関係

今回の宮迫さんと亮さん、そして吉本興業社長の岡本さんの会見について芸人さんやマスコミからSNSまで大騒動となっています。

色んな芸人さんが意見を述べる中、今回は太平サブローさんの発言と世間の声、更にはサブローさんが過去に吉本興業を辞めて大変な目にあった頃を振り返ってみたいと思います。

 

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闇営業から吉本パワハラ騒動会見について 大平サブローの発言

 

7/23のMBSラジオ「こんちわコンちゃんお昼ですょ!」に大平サブローさんが生出演し、吉本と芸人との対立騒動に下記の様に発言をしました。

「時代って怖いよな。若い人、こいつらふぜいがそれこそなんや。

これこそ、気に入らんかったら辞めろ。

ただし、加藤君だけは腹くくって言ってるけどな」

 

これについて、SNSでサブローさんに対する反発的な意見が殺到!

 

一度は勢いよく吉本を飛び出したはいいが、結局は詫びを入れて吉本に戻った男が何か言ってる。
吉本に屈した男の言葉には何の説得力もない。
ただの恥知らず。

 

そんなに大御所なの?

関西だと有名?

なんか昔吉本やめて、干されて、吉本に出戻りで。

戻る時に、会社に忠誠心を誓うような約束をしてるってどこかで読んだけど。

だから会社批判してる芸人叩くんだね。

 

大平サブローとかのあの世代の芸人は恩義があるから、吉本に対して不満がある若手に対しては厳しく「嫌なら辞めや」ってなるのは必然。

まあ確かに吉本の体制や体質が嫌なら辞めて他の事務所に行けばいい。

ただ今の若手は吉本のブランドにぶら下がっている節があるからなかなか辞められないてのはある。

 

大平サブローの、パワハラ発言。

吉本興業の悪しき体制がそのまま出てますね。

若手社員の意見に対して「嫌ならやめろ」は、パワハラですよ!

 

「こいつらふぜいが言うか」って言ったらしいけど、本気で貴方は誰??
何をしてる人なの??😂

正直、今からの視聴者である若い人達は貴方の事知らん人の方が多いわ。

こういう石頭頑固ジジイで、時代の流れでの笑いの需要も分からんような奴が、しゃしゃり出てくるなよな。

 

自分が勤務してる会社の上層部が反社と繋がってて、それが原因で会社が世間からバッシング食らってたら誰でも文句ぐらい言うやろ。

昔の人間だから反社ぐらいでガタガタ言うなぐらいに思ってんだろーな。

 

しかし、サブローさんに意見に納得するコメントもたくさんあります。

 

吉本も問題がありますが私はサブローさんの意見も理解できると思います。

社長が何か言ったら干されるのが怖くて何も言えないと芸人さんは言われますが、宮迫さんが言った「俺は貰ってないとするからお前らも貰ってない事にしろよ」も、もし本当の事を伝えたら宮迫さんに嫌われたら番組に出さしてくれないかもと思ったのではないでしょうか?

それと同じことをやっていたのに、なぜ社長だけ叩かれるのでしょうか。

 

俺も俺もと、世話になってる会社を叩く姿勢は確かに頂けないし、サブロー氏の発言はある意味正しい。

しかし問題視すべきは反社会との関係を断絶する事にあるはず。

問題のすり替えを図ろうとする者は、その関係を保っている可能性が高い。

 

会社批判をするのはいいが、テレビやSNSですべきなのでしょうか?!

芸能界は世間一般の会社とそもそもずれがあるのでしょう。

経営者がクビにすることはそんなに悪いことなのか?

批判する人が逆に経営者なら反社との付き合いや会社のヒヤリングに対し嘘つかれてたらどのような対応したのでしょうか?
私ならクビにするというか、自ら身を引いていただきたいと思います。

プロ野球選手が志半ばで、戦力外通告をされたら世間は騒がないのに、なぜ吉本だけ騒ぐのか疑問である。

また、ギャラについて、よその事務所の方がいいのであれば、移籍なり、納得いかないのであれば辞めればいいと思う。

 

同感。

もう勝手にしたらええと思う。

この問題に乗じて不平不満を言った人は自分の発言に責任持ってスッキリ吉本を辞めればいいと思う。

吉本はブラックでそれがネタにもなってる、当人らにとっては死活問題かも知れんがはっきりいって知ったこっちゃありません。

 

同意です。

松っちゃん、さんまさんあたりが意見するのとわけが違います。

この期に便乗して不満を言う若手は、私には理解できません。

会社に貢献してそれでも冷遇されたら文句言ってもいいと思う。

でも番組の司会はれるレベルでもない若手が文句言うのは違うと思う。

そもそも吉本に所属するメリットがあるから給料安いの知ってて所属したんじゃないのですか。

吉本が仕事取ってきてくれるから仕事があるんじゃないのですか。

劇場出してもらって名前売れるんじゃないのですか。

 

大平サブローは元々松竹芸能から吉本興業へ移籍した

 

1976年、大平サブローさんは、『大平サブロー・シロー』というコンビ名で、漫才師としてデビューします。

 

当時、松竹芸能に所属していたサブロー・シローは、『ヤングおーおー!』という一世を風靡した、バラエティ番組に出場したいと思っていましたが、『ヤングおーおー!』は、吉本興業の制作・放送。

出場するには、吉本興業所属のタレントしか無理です。

 

それに当時、松竹芸能は若手に対してはあまり力を入れていない部分があり、どちらかというとベテランびいきで運営されていました。

サブロー・シローは吉本興業の若手がテレビで活躍するのを目の当たりにし、焦る気持ちもあったのでしょう。

 

他には、主に松竹芸能の若手が立つ舞台とされていた『新花月劇場』は、西成区の新世界といった立地条件もあり、客層が悪いことで知られていました。

罵声や野次が耐えず、東京の4代目鈴々舎馬風が「泣いて帰った」という伝説があるとされる劇場です。

大阪の漫才師は、そこで鍛えられたという事もあるのですが、やはりいつまで経ってもテレビに出れない不満は募る一方でした。

 

そこで意を決し、吉本興業へ移籍しようと思ったサブロー・シローでしたが、当時は吉本興業と松竹芸能は『芸人の引き抜きを禁じる協定』を結んでいました。

 

となると移籍は難しいと思われましたが、『サブロー・シローの師匠である ”レッツゴー三匹” から破門された。とすれば、事務所を移籍出来るのではないか。』と考え、『破門された』という形を取って、念願の吉本興業へ所属する事が出来たのです。

 

吉本興業へ所属したサブロー・シローだったが・・・

 

そして念願叶い、吉本興業に所属したサブロー・シローは、80年代の漫才ブームにも乗り、瞬く間に人気漫才師となります。

自分達の漫才に対する実力は自負していたサブロー・シローでしたので、『ヤングおーおー!』で活躍していたさんまさんや紳助さんなどが、東京に進出し活躍している姿を目の当たりにし、自分達も必ず成功するという自信の元、東京進出を希望します。

 

しかし、吉本興業はサブロー・シローが東京進出する事を許さなかったと言います。

すでに、さんまさんや紳助さんなどが、東京に行ってしまった後、実力のある漫才師を大阪に置いておく必要もあったのでしょう。

サブロー・シローの実力は認めつつも、東京進出には反対・・というよりは耳を貸しませんでした。

 

それに、サブロー・シローの中では当時、実力は互角とされていた『オール阪神巨人』の方にばかり、吉本興業は力を入れていたと感じていたようです。

自分達は途中から吉本に入った立場。向こうは初めから吉本興業に所属していた立場。そういった事も解りつつも、会社側の扱いの違いに次第に嫌気がさしてきたという話もあります。

 

更に、当時の吉本興行の冨井善則制作部長は「お前ら、自分が思うとるほどたいした芸人やないよ」と言われたと、後にサブローさんは語っています。

しかしそんなやり取りの中、1988年にサブロー・シローは吉本興業から抜け、独立という道を選びます。

当時の記者会見でサブローさんは、この様に発言しています。

 

「芸人はナマモノで、電気製品じゃない。

これまでは線路の上を自分たちの意志ではなく、無理やり走らされている感じでした。

これからはやりたい仕事を選んでやっていきたい。夢を追うのが芸人の仕事です」

 

本当に実力のある漫才師でしたので、人気もありました。

しかし、独立してからは2年のうちにあっという間にレギュラー番組が無くなっていました。

 

あれだけ人気があり、レギュラー番組もあったのに・・・

それには吉本興業の圧力が原因と言われています。

と言いますか、確実に圧力をかけていたそうです。

 

そうして、どこの番組にも出れなくなったサブロー・シローは、当然の事ながら不仲になっていきます。

そして1992年に、サブロー・シローはコンビ解散となってしまいました。

 

サブローだけ吉本興業へ復帰!シローは?

 

紳助さんやオール巨人さんらに付き添われて吉本興業本社を訪れたサブローさんは頭を下げ、吉本興業への復帰を望みました。

そして吉本興業はサブローに対し、復帰の条件として次の7カ条を渡します。

 

(1) 3ヶ月はノーギャラとする。
(2)吉本を通さない営業(アルバイト)をしない。
(3)吉本内で独立をする動きのあるタレントがいれば、その説得役を引き受け、それを使命とする。
(4)今後、吉本への不満を一切口にせず、独立という思想をもたない。
(5)2週間以内に吉本の会長だった故・林正之助の墓参りに行く。
(6)無条件降伏します。
(7)明石家さんま、オール巨人、島田紳助が保証人となる。

 

1997年には、シローさんも吉本興行と和解をしました。

シローさんは、吉本興業に復帰するまでパブを経営したりしましたが、周りの言葉にはなかなか耳を傾けなかったと言います。

やはり、啖呵を切って吉本興業を辞めたという思いもあったでしょうし、絶縁となった相方のサブローさんは、すでに吉本興業に復帰されていて、意地になってしまった部分もあったでしょう。

 

しかし、紳助さんに後押しされ、吉本興業と和解する事が出来たシローさんは、紳助さんの番組の放送作家として芸能界復帰を果たします。

その後、後輩芸人と漫才コンビを組みましたが、なかなか順調とまではいかない状況でした。

もちろんサブローさんとも和解していましたが、コンビ復活とまではいきませんでした。

 

そうしてシローさんは、2012年に55歳の若さで亡くなりました。

当時シローさんは事務所で倒れ、救急搬送されましたが、難治性心室細動と診断され、帰らぬ人となってしまいました。

 

サブローが吉本興業を辞めた経験があっての今回の発言だったと捉える

 

大平サブローさんは、こういった過去があっての今回の発言だったのでは?と感じます。

というのは、2つの理由があったと思われます。

 

1. 過去の自分は自分達の事しか考えていなかった。と過去の自分に反省している。

2. 7つの条件を約束し、吉本興業へ復帰したので、条件にある『今後、吉本への不満を一切口にせず、独立という思想をもたない。』という考え方になった。

といった事なのか?と感じます。

ただ、『お前らふぜいが・・』という言葉に反感を買ってしまった部分もあったでしょう。

 

しかし、サブローさんが発した言葉に対して、反感めいたツイッターのコメントは、ひどい言葉もたくさんあったので、それを読むとサブローさんが気の毒に思いました。(;_;)

若手の芸人さんの気持ちもすごく解るなぁと思った反面、実際に吉本興業を辞めて気づいた人の気持ちも尊重するべきだとも思いました。

 

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