楠本高子はメーテル(銀河鉄道999)のモデルでシーボルトの孫娘!綺麗で可愛い!

芸能・テレビ関係

銀河鉄道999』に登場する『メーテル』ですが、モデルになる女性がいたのを知っていますか?

その方は、ドイツの医師で博物学者・フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの孫娘の『楠本高子』さん。

楠本高子さんの画像を見ると、楠本高子さんの目元がやはりメーテルと重なります。

そんな楠本高子さんとは、どんな女性だったのでしょうか?

 

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銀河鉄道999のメーテルのモデルになった楠本高子とは

 

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki

 

楠本高子(くすもと たかこ)

 

楠本高子さんは、1852年2月26日生まれで長崎県長崎市出身。

上記の画像は、楠本高子さんが16歳の頃の画像です。

 

楠本高子さんは、13歳になるまで祖母に育てられ、長崎市で暮らしていました。

幼少の頃から琴や三味線、舞など、芸事を習い美しく育ちました。

 

1866年には宇和島藩の奥女中として奉公を始めます。

そして、1866年に三瀬諸淵(三瀬周三)と結婚しました。

 

この三瀬諸淵さんはシーボルトの門下の医者で、二宮敬作の甥にあたります。

2人の間には子供はいませんでした。

 

結婚11年目に夫・三瀬諸淵さんに先立たれてしまいますが、その後、楠本高子さんの身に悲しい出来事が起こります。

 

楠本高子は不幸せな人生を送っていた?

 

楠本高子は不幸せな人生を送っていた

 

楠本高子さんは、小さな頃から『タダコ』と呼ばれていました。

そのタダコと呼ばれる理由は、楠本高子さん自身の手記によると、高子さんが生まれたのは、母の楠本イネさんが、当時の師である石井宗謙に関係を強要されて宿した娘であったというのです。

 

楠本イネさんは、シーボルト門下で卯之町(現在の西予市宇和町)の町医者だった、二宮敬作氏から医学の基礎を学んでいました。

そして、関係を強要されたという石井宗謙氏からは産科を学んでいるのです。

 

なので、楠本イネさんにとっては、恩師という人だという事です。

そして、未婚のまま出産し、イネさんは「天がただで授けたもの」という意味をこめてタダと呼んでいたそうです。

 

現代の考え方で思うと『タダなんて呼ぶ?・・』と思ってしまいますけどね。。。^^;

そういった事情で、この世に生まれてきた高子さん自身でしたが、実はその後、母と同じ様な運命に遭遇してしまうのです。

 

それは、楠本高子さんの夫・三瀬諸淵(三瀬周三)との間には子供はいませんでしたが、夫が亡くなった後に、医師の片桐重明に船中で強姦されてしまうのです。

 

そして、子供を身ごもりました。

そうなんです。

初めて出産する我が子は、強姦されて生まれた子だという事で、母と同じ境遇となったのです

 

しかし、高子さんは母とは少し違っていました。

それは、強姦後も幸せを掴んでいたという事です。

 

高子さんはその後、以前から求婚されていた医師・山脇泰助さんと再婚し、一男ニ女をもうけているのです。

母とは違い、後に愛する人の子供を産んだ事は、幸せだったと思います。

しかし、波乱万丈な人生だなぁとは思いますね。。。

 

楠本高子はシーボルトの孫娘

 

楠本高子はシーボルトの孫娘

出典:http://satoh490625.blog50.fc2.com/blog-entry-633.html

 

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトは、ドイツの医師・博物学者・外交官。

シーボルトは、長崎で日本の医師に医学の講議を行なった医者で『鳴滝塾』を開いた事は有名ですね。

それにヨーロッパの方では日本の文化を広めた人として有名です。

 

シーボルトが日本に来たのは、安政6 (1859) 年。

父親の再訪日に同伴して来日します。

 

その頃に日本語を修得して、のちに駐日イギリス公使館員 (通訳官) となります。

シーボルトは当時遊女だった、楠本滝という日本女性をお抱え遊女としていました。

そして娘・イネが1827年に誕生します。

 

その楠本イネの娘が、楠本高子さんです。

なので、シーボルトの孫娘となるのです。

 

松本零士が楠本高子を銀河鉄道999のメーテルのモデルにした?

 

松本零士が楠本高子を銀河鉄道999のメーテルのモデルにした?

出典:http://leijimatsumoto.jp/

 

松本零士さんの作品『銀河鉄道999』に登場する、メーテルのモデルは、楠本高子さんだと言われています。

しかし実際、メーテルというキャラクターは、松本零士さん自身のオリジナルという事は間違いなさそうなんです。

 

では何故、楠本高子さんをモデルとしている。という話が出ているのか?

それは、後に松本零士さんが、楠本高子さんの肖像写真を見る機会があったそうです。

 

その時「この女性こそ、自分がずっと思い描いていた女性だ!」と衝撃を受けたというのです。

それは、楠本高子さんの美しさやその生い立ちなどにもかなり興味を持ち、メーテルとリンクさせていったという事なんです。

 

もちろん楠本高子さんの見た目(特に目元)がメーテルとよく似ている事はもちろん、他に松本零士さんが興味を持ったのは、松本零士さんの誕生年に楠本高子さんは亡くなっている事、更に驚くのは松本零士さんの母方の遠縁に当たる人だった。といった事です。

 

そんな事もあり、松本零士さんは自身がオリジナルで作り出したメーテルと楠本高子さんをリンクさせていったのでした。

元々はオリジナルだったキャラクターが、後に自分が『これだ!』と後からピンときた人物に出会った時、時間のズレはあったにせよ、この人がモデルだった様な気持ちになる事もあるのだと思います。

 

メーテルもある意味過酷な人生を歩んできたので、楠本高子さんとリンクさせる共通点が他にもいくつかあったのでしょうね。

不思議な事もあるものだと思いました。

 

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